天使の代理人

天使の代理人

天使の代理人

   「Yに いつか君が読んでくれることを願って」
そんな言葉が添えられたこの本のテーマは「妊娠中絶」です。暗いテーマです。重いテーマです。でも、逃げてはいけない、大切なテーマです。

そしてこの本は、中絶はいいとか悪いとか、そういうことを書いているのではありません。結論を出しているのではありません。小説という形をとって、様々な立場の人の思いや考え方、そして日本の現状を、私たちに示してくれています。ただ、示すだけです。何を肯定しているのでも否定しているのでもありません。どちらにも拠らず、結論に突っ走らないで、こういう書き方ができるなんて、すごい!と私は思いました。

望まれない命はありますか?
子供の命は誰のものですか?
中絶は殺人ではないですか?

登場人物たちは自分に、そして中絶をしようとする女性にこう問いかけ続けます。そして同時にその問いは、読んでいる私にも常にささやかれています。「あなたはどう思いますか?あなたならどうしますか?」と。

この物語の中には様々な女性が登場します。過去に自分の意思で中絶をした者、医療ミスで望んでいない中絶をさせられてしまった者、そしてこれから中絶をしようとする者。誰もが苦しんで苦しんで、悩んで悩んで悩んで、それでも自分なりに出した答えの中で精一杯生きています。私は妊娠も中絶もしたことないですが、読んでいて何度も涙が出そうになりました。

助産婦として何度も中絶手術に手を染め、その罪悪感から「一人でも多くの赤ちゃんを救おう」と実際に行動を起こした女性、桐山冬子の生き様には、ほんとうに心打たれました。自分を正当化することは決してせず、重い過去を背負いながらも、それを捨てるのではなく、ごまかすのでなく、その重さごと生きようとする姿には、ほんとうに頭が下がりました。

このお話は、うまくまとまりすぎているかもしれません。都合よく物事がはこびすぎているかもしれません。でも、そういう小説としての作りがどうこうではなくて(私は小説としても大変に好きですが…)、本の終わりに掲載されている「参考文献」の数を見たら、山田さんがどれだけ本気でこのテーマに取り組んだかがきっとわかると思います。私は、読んでよかったです。山田さんのこのメッセージを受け取ることができて、よかったです。私も逃げずに考えたい。そう思いました。